東三楼メソッドを十七の行為に分解し、先行研究と照合する
落語を言語教育に用いる実践は、日本語教育の分野で一九九三年から報告が続いている。しかし多くは事例報告にとどまり、なぜ効くのかという構造の分析はほとんど行われてこなかった。本稿では、筆者がオンラインで実施している落語教室の指導手順を十七の行為に分解し、そのひとつひとつを既存の学術研究と照合した。
その結果、落語の一席を稽古するという行為の中に、音読・暗記・反復・演技・役の交替・身振り・発表・笑いという、それぞれ独立に効果が検証されてきた要素が同時に含まれていることが確認された。とくに演技訓練については、美術および音楽の訓練と直接比較した研究において、共感と心の理論の向上が演技群にのみ認められている。これは「なぜ他の芸術ではなく落語なのか」という問いに、既存の研究が直接答えていることを意味する。
一方で、本メソッドそのものを対象とした測定データは存在しない。本稿は既存研究による構造的な裏づけを示すものであり、本プログラムの効果を実証したものではない。この区別は第六節および第七節で明示する。
キーワード 落語/言語教育/継承語/音読劇/ドラマ教育/役割交替/東三楼メソッド
落語を言葉の教育に用いることは、思いつきではない。日本の公教育では一九九九年度に三遊亭圓窓師匠の「ぞろぞろ」が小学校四年生の国語教科書に採録されて以来、落語が教材として掲載され続けてきた。授業では場面の展開をたどり、もっとも盛り上がる箇所を考えて音読し、演じるという扱いがなされている。
外国人を対象とする日本語教育でも実践報告が積み重ねられてきた。川崎(二〇一四)はそれらを四つの型に整理している。語彙・音声を細かく学ぶ言語分析型、落語を楽しむことを目的とする鑑賞型、演じることを最終目標に置く口演型、そして小噺を演じたうえで創作させる創作口演型である。
川崎はさらに、落語が日本語教育でほとんど使われてこなかった理由を、教材の難しさではなく教師の側が言語分析型でやろうとすることにあると指摘する。米本・曽我部(二〇一二)は、初級で落語がほぼ用いられない理由を「学習者には理解が困難だという教師の思い込み」に求めている。実際、酒井(二〇〇一)の実践では、準備は七十五分一コマのみで、留学生が三席を「わかった」「面白かった」と回答している。
本稿が扱うのは、四つの型のうち口演型と創作口演型である。すなわち、落語を理解する授業ではなく、落語を通して人に伝えることを考える授業である。
本稿の目的は、筆者のプログラムが言語教育の手段として優れていることを、既存の学術研究に照らして構造的に示すことにある。
方法は次のとおりである。まず、筆者の著書『新しい落語の世界』第二章「新しい教授法」および現行の指導手順から、稽古の過程で学習者が実際に行っている行為を抽出した。その結果、十七の行為が識別された。次に、それぞれの行為について、教育学・言語習得・認知心理学・医学の各分野から先行研究を検索し、効果の有無と規模を確認した。
証拠の強さは三段階で評価した。強=メタ分析または大規模コホート研究で確認されているもの、中=複数の個別研究で一貫した結果があるもの、弱=直接の実証がなく理論的な整合のみのもの、である。
本メソッドの稽古は、図1に示す六つの段階からなる循環構造をとる。
特徴は二点ある。第一に、暗記が反復練習より先に置かれていることである。通常の外国語教育は反復練習の結果として記憶が形成されるが、落語の稽古は「考えなくても自動的に出てくるレベルまで覚えてしまう」(畑佐・久保田 二〇〇九)ことを先に済ませ、そのうえで感情を込める稽古を繰り返す。順序が逆である。
第二に、一席を終えたら役を入れかえてもう一周することである。同じ台本を、相手の側から演じ直す。これが本メソッドの中核であり、第五節で述べるとおり、学術的にもっとも大きな意味を持つ部分である。
段階3が段階4より前に置かれる点が、通常の外国語教育(反復の結果として覚える)と逆になっている。
稽古の各段階を細かく分解すると、十七の行為が識別される。表1に、それぞれの行為と対応する先行研究、および証拠の強さを示す。
| 稽古の中で学習者が行うこと | 対応する先行研究と、その結果 | 証拠 | |
|---|---|---|---|
| 1 | 台本を正しい読み・アクセントで読む | 音読劇(Readers Theatre)の系統的レビュー二十三研究。読みの力に加え、読むことへの前向きな態度と動機づけが育つ | 強 |
| 2 | 声に出す | 産出効果。声に出した語は黙読より一〇〜二〇%以上よく記憶される(MacLeod & Bodner 2017) | 強 |
| 3 | 考えなくても出るまで覚える | 畑佐・久保田(2009)。俳優の記憶研究 active experiencing(Noice & Noice) | 中 |
| 4 | 同じ台詞を繰り返す | 音読劇のメタ分析十一研究で大きな効果量(Mastrothanasis et al. 2023)。間隔をあけた想起は児童の語彙定着に有効 | 強 |
| 5 | 登場人物を演じる | ドラマ教育のメタ分析四十七研究で学力に有意な正の効果(Lee et al. 2015) | 強 |
| 6 | 役を入れかえ、相手の側から演じる | Goldstein & Winner(2012)。演技訓練群のみ共感と心の理論が有意に向上。美術・音楽では向上せず | 強 |
| 7 | 扇子・手ぬぐいで身振りをする | 自分で身振りをした子は学習が定着した。見ているだけでは定着しない(Goldin-Meadow) | 強 |
| 8 | 息と間を作り、声を張る | ゆっくりした呼吸は迷走神経系の心拍変動を高める(メタ分析) | 中 |
| 9 | 聞き手を笑わせることを目標に置く | 畑佐・久保田(2009)「上手にできれば聴衆は本当に笑う」という明確なゴール。ユーモアは不安を下げ動機を上げる | 中 |
| 10 | 人前で発表する | 即興演劇十週間で、初週に社交不安が陽性だった生徒の四十三%が最終週には陰性化(Felsman et al./中高生約二七〇名) | 強 |
| 11 | 録画を見て自分を直す | ビデオ・セルフモデリング二十三研究で効果量 0.83。自分の良い場面を見る形がより効果的 | 強 |
| 12 | 正しく覚えたあと、自由に変える | 型の習得後に個性を許す二段階。畑佐の「自動化するまで覚える」と整合するが、直接の実証はない | 弱 |
| 13 | 毎週一時間、続ける | ドラマ教育は五回を超えるレッスンで効果が強い(Lee et al. 2015)。落語を用いた健康教室でも回数の多い群ほど改善が大きい(大平ほか) | 強 |
| 14 | 複数人で役を分担する(みんな de らくご) | 創作と稽古を集団で行うことが自律的学習と協働学習に貢献(畑佐・久保田 2009) | 中 |
| 15 | 相手に渡す台詞(キュー)は変えない | 合奏の規律。順番交替と共同注意の枠組みに合致するが、直接の実証はない | 弱 |
| 16 | 噺に出た言葉から文化を学ぶ | 継承語の維持は親子のコミュニケーションと帰属感・アイデンティティの確立に必要(母語・継承語・バイリンガル教育学会ほか) | 中 |
| 17 | 芸名を得て、一門に属する | 自己決定理論における関係性(relatedness)。所属感が内発的動機を支える | 中 |
十七の行為のうち、証拠の強さが「強」に分類されたものは八件、「中」が七件、「弱」が二件であった。
本稿でもっとも重要な知見は、この問いに先行研究が直接答えていることである。
Goldstein & Winner(2012)は、演技の訓練を受けた児童・青年と、美術および音楽の訓練を受けた児童・青年を比較した。測定したのは共感(empathy)と心の理論(theory of mind、相手の心の状態を推し量る力)である。
結果は明快であった。共感の得点が有意に上昇したのは、演技の訓練を受けた群だけであった。美術でも音楽でも上昇しなかった。青年を対象とした第二研究では、心の理論の自然な指標(Empathic Accuracy Paradigm)においても演技群のみが有意に向上した。著者らは、これらの力が三〜四歳で固定されず、役を演じることによって後からでも伸びることを示すものだとしている。
「心の理論」の有意な向上は、青年を対象とした第二研究で確認された。準実験デザインであり、無作為割付ではない。
この結果が本プログラムにとって決定的なのは、落語が演技の中でもとりわけ役の交替に特化した芸であるためである。一人の演者が、上下(かみしも)を切ることで複数の人物を演じ分ける。さらに本メソッドでは、一席を終えたあとに役を入れかえてもう一度演じる(図1)。同じ会話を、必ず両側から経験することになる。
ただし注意を要する。「役を入れかえて演じ直す」という稽古そのものを検証した研究は、調査した範囲では存在しなかった。これは本メソッドの弱点ではなく、研究上の空白である。第七節で改めて述べる。
本節で紹介する研究は、本プログラムの効果を示すものではない。落語という芸能が置かれている文脈を理解するための参考として掲げる。本プログラムは教育プログラムであり、医療・治療・予防を目的とするものではない。
笑いと健康の関連については、日本で大規模な疫学研究が蓄積されている。JAGES(日本老年学的評価研究)による六年間の追跡研究では、六十五歳以上の地域在住高齢者一二、一六五名のうち追跡中に一、二四〇件の新規認知症が観察された。年齢・性別・教育歴・所得・うつ傾向・既往歴・喫煙・社会参加等を調整したうえで、笑う機会がもっとも多い群は、もっとも少ない群より認知症リスクが二六%低かった(Wang et al. 2022)。同研究における「笑う機会」の選択肢には、落語や芝居を観に行くことが実際に含まれている。
大平ほかによる大阪府の地域住民二、四七一名(平均五九歳)を対象とした調査では、笑いの頻度と認知機能低下症状の関連が図3のとおり報告されている。
ほとんど笑う機会がない者の、ほぼ毎日笑う者に対するオッズ比は 2.15(95%信頼区間 1.18–3.92、p = 0.01)。喫煙とうつ症状を追加調整すると 1.84(95%信頼区間 1.00–3.48、p = 0.05)に減弱するが傾向は同じ。出典=大平哲也ほか、日本生命財団助成研究。観察研究であり、因果関係を示すものではない。
同じ研究の介入部分では、地域高齢者四十六名を対象に、落語の聴取を含む笑いの健康教室が六か月間実施された。解析対象となった四十名において、健康関連QOLの「全体的健康感」が有意に上昇し(p < 0.05)、二週に一回参加した群は四週に一回の群よりうつ得点とQOLの改善が大きかった。一方、認知機能検査(MMSE)の得点は介入前後で変化しなかった(いずれも二八・一点)。参加者が当初から正常範囲にあったためである。
また、大阪国際がんセンターは、生の落語や漫才による笑いの機会ががん患者の免疫機能とQOLに与える影響を調べるランダム化比較試験を実施している(WAROTEMAE 2018研究、六十名)。先行するiOSACA研究では、二週に一回の笑いによりIL-12Bの産生能が上昇し、QOLのうち特に痛みの症状が改善し、認知機能が向上することが示唆されたと報告されている。
これらは、落語という芸能が医学研究の介入として用いられている段階にあることを示す。繰り返すが、本プログラムの効果ではない。
表1が示すのは、落語の一席を稽古するという単一の行為の中に、通常であれば別々の習い事として提供される要素が同時に含まれているという事実である。表2に整理する。
| 得られるもの | ふつうはどこで得るか | 落語の稽古では |
|---|---|---|
| 声に出して読む力・記憶の定着 | 音読・素読の教室 | 段階 2(毎回) |
| 人前で話す度胸 | スピーチ・演劇の教室 | 段階 6(発表会・高座) |
| 相手の気持ちを読む力 | 演劇の訓練(美術・音楽では代替できない) | 段階 5・6 と役の交替 |
| 日本語の音・アクセント・言い回し | 国語・日本語の教室 | 段階 1(正しい読みから入る) |
| 日本の文化・年中行事の知識 | 文化教室・補習校 | 噺に出た言葉から随時 |
| 続ける仕組み・所属感 | — | 週一回の高座、香盤、芸名、一門 |
もう一つ重要な知見がある。Lee et al.(2015)の四十七研究のメタ分析は、ドラマを用いた教育の効果が強くなる条件を二つ特定している。五回を超えるレッスンを行ったとき、そして教育アーティストではなく、教室の教師(または研究者)が主導したときである。
大平ほかの介入研究でも、参加回数の多い群のほうが改善が大きかった。すなわち、単発の公演やゲスト授業よりも、続く教室のほうが効果の面で有利であるという結論になる。本プログラムが週一回のオンライン授業として設計され、全授業を録画してアーカイブする形をとっていることは、この知見と整合する。
継承語としての日本語学習では、動機の維持がしばしば最大の課題となる。落語には、畑佐・久保田(二〇〇九)が指摘した性質がある。すなわち聞き手を笑わせるというはっきりした目的があり、上手にできれば聴衆が本当に笑うという明確なゴールが示せることである。点数ではなく、客が笑ったかどうかが評価になる。子どもにも分かる合格判定である。
さらに、聞き手に理解させるためには言語的な正確さが要求されるため、繰り返し稽古する必然性が内側から生まれる。反復練習が課題としてではなく、笑わせるための手段として立ち現れる。
本稿の限界を明示する。これは資料の弱さではなく、資料の性質である。
最後の点は、裏を返せば研究上の空白である。本プログラムには二〇二一年頃からの授業録画が二四三フォルダ、約二六ギガバイト蓄積されている。入会時と三か月後に同一の小噺を録音し、言えた語の割合・詰まった回数・一席の所要時間という三つの指標を記録するだけで、この空白に対する最初のデータを得ることができる。今後の課題とする。
落語の一席を稽古するという行為は、音読・暗記・反復・演技・役の交替・身振り・発表・笑いという、それぞれ独立に効果が検証されてきた要素を同時に含む。十七の行為のうち八件がメタ分析または大規模コホート研究によって裏づけられ、七件が複数の個別研究で支持された。
とりわけ、演技の訓練が美術や音楽の訓練では得られない共感と心の理論の向上をもたらすという知見は、「なぜ他の芸術ではなく落語なのか」という問いに直接答えるものである。落語は演技の中でも役の交替に特化した芸であり、本メソッドはさらに役を入れかえて演じ直すことを稽古の構造そのものに組み込んでいる。
また、効果が現れる条件として五回を超えて続けることが特定されていることは、単発の体験ではなく週一回の継続的な稽古として設計された本プログラムの形式を支持する。
本稿は、落語を用いた言語教育が学術的に無根拠な思いつきではなく、複数の分野の研究に構造的に支えられていることを示した。残された課題は、本プログラム自体の測定を開始することである。